NHK大河ドラマ 第67作

2028年大河ドラマ
「ジョン万」と沖縄

万次郎が帰国の途で最初に踏んだ「日本の地」は、
沖縄県糸満市の大度海岸(サシチン浜)でした。

上陸之碑と銅像を建立した和田ジョンたつおが、ドラマ放送に先立って 沖縄に残る万次郎の足あとと、そのゆかりの地の歩き方をまとめました。

Drama Information

大河ドラマ「ジョン万」の基本情報

よく間違われる点:「ジョン万」の放送は2028年です。 2027年の大河ドラマは第66作『逆賊の幕臣』(主人公・小栗忠順)で、別の作品です。 2027年は万次郎の生誕200年にあたる年で、この2つが混同されやすくなっています。
作品名ジョン万(大河ドラマ 第67作)
放送2028年1月〜 NHK総合 日曜 20:00〜20:45
主人公「ジョン万次郎」こと 中濱万次郎(なかはま まんじろう)
主演山﨑賢人(中濱万次郎 役)※大河ドラマ初出演
作(脚本)藤本有紀(『ちりとてちん』『平清盛』『カムカムエヴリバディ』)
制作統括家冨未央
プロデューサー二見大輔
演出保坂慶太/泉並敬眞/石川慶
クランクイン2027年 初夏 予定
発表日2026年4月9日(NHK発表)

タイトルの「ジョン万」は、英語名の「ジョン」と日本語名の「万」を一つに込めたもの。 異国の友人たちは万次郎を John Mung と呼びました。 このサイトのドメイン johnmung.okinawa も、その呼び名にちなんでいます。

NHK公式発表を見る →
Two Milestones

沖縄と高知に、2つの節目が来る

万次郎をめぐる動きは、放送年の2028年だけではありません。 その1年前、2027年1月に万次郎は生誕200年を迎えます。 準備はすでに各地で始まっています。

2027年1月
万次郎 生誕200年

万次郎は1827年(文政10年)生まれ。2027年1月がちょうど生誕200年にあたります。 ドラマのクランクインも同じ2027年の初夏に予定されており、 「ジョン万次郎とは誰か」を調べる人が最も増え始める年になります。

2028年1月
大河ドラマ「ジョン万」放送開始

1年を通して日曜夜に放送されます。過去の大河ドラマでは、 舞台となった土地に多くの人が足を運びました。 万次郎が「日本で最初に上陸した地」である糸満にも、 同じ流れが来る可能性があります。

各地の動き

沖縄県 糸満市

NPO法人琉球万次郎会が當銘市長を訪問し、ジョン万公園の整備や機運醸成に向けた要望書を提出。 糸満市は「生誕200年記念事業等に向けて、関係団体や周辺自治体と一丸となり積極的に取り組む」としています。 琉球万次郎会は大度浜海岸の清掃活動、英語弁論大会による青少年の国際人材育成、 ウォーキングや紙芝居による発信などを続けてきました。

国際草の根交流センター(CIE)

事務局長が糸満市長を表敬訪問し、生誕200年となる2027年の「日米草の根交流フォーラム」の 糸満市開催を要請。日米の子孫を招いた交流が構想されています。

高知県 土佐清水市(万次郎の生まれ故郷)

2027年1月から2年間、「ジョン万EXPO」を展開予定。 「ジョン万EXPO推進協議会」が2026年5月に発足し、 大河ドラマ館の建設やオリジナルキャラクター制作などの案が出ています。 土佐清水市は2013年から10年以上にわたり大河ドラマ誘致の署名活動を続けてきました。

Why Okinawa

なぜ、沖縄が万次郎の物語に登場するのか

1841年、14歳の万次郎は土佐の漁に出て嵐に遭い、無人島に漂着。 アメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号に救出され、ホイットフィールド船長のもとでアメリカへ渡ります。 学校で英語・数学・航海術を学び、捕鯨船の副船長にまでなりました。

そして1851年、万次郎は日本へ帰る決意をします。 当時の日本は鎖国下で、外国から戻った者は厳しい罰を受ける時代でした。 それでもゴールドラッシュで資金を作り、ハワイで捕鯨ボート「アドベンチャラー号」を購入。 喜屋武岬の沖合で本船からボートを降ろし、たどり着いたのが 琉球・糸満市の大度浜海岸(サシチン浜)でした。

つまり、万次郎が11年10か月ぶりに踏んだ「日本の地」は、沖縄だったのです。 この地には現在「ジョン万次郎上陸之碑」と銅像が建ち、 海岸は地元で「ジョン万ビーチ」と呼ばれています。

1851年、ジョン万次郎が糸満市の大度海岸(サシチン浜)に上陸する場面 ― 紙芝居「ジョン万次郎」より(画・知名久夫)
大度海岸に上陸する万次郎たち。紙芝居「ジョン万次郎」より
画・知名久夫/文・和田ジョンたつお
ドラマで沖縄が描かれるかについて

2026年8月現在、NHKはロケ地や各話の内容を発表していません。 沖縄で撮影が行われるか、上陸の場面が描かれるかは、まだ分かりません。 ただし万次郎の帰国の第一歩が糸満だったことは史実であり、 半年間の琉球滞在は彼の生涯の重要な転機です。 このページでは、確定している事実と、今後の発表を待つ部分を分けて記載しています。

Only in Okinawa

牧志朝忠との出会い ― 沖縄だけが語れる物語

万次郎の琉球滞在は、単なる通過点ではありませんでした。 ここで起きたことが、その後の琉球の運命を変えていきます。

ジョン万次郎が板良敷朝展(のちの牧志朝忠)にアメリカから持ち帰った本を見せ、ジョージ・ワシントンや民主主義について語る場面 ― 紙芝居「ジョン万次郎」より(画・知名久夫)
板良敷朝展に本を見せる万次郎。紙芝居「ジョン万次郎」より
画・知名久夫

上陸後、万次郎たち3人は豊見城の翁長村にある高安家に留め置かれ、 約半年(1851年2月4日〜7月12日)にわたって取り調べを受けます。

その取り調べにあたった琉球王府の役人のなかに、英語を解する 板良敷朝展(いたらしき ちょうてん)がいました。 官僚であり、通事(つうじ=通訳官)を務めた人物で、 のちに牧志朝忠(まきし ちょうちゅう)と名を改めます。

万次郎は彼にアメリカから持ち帰った本を見せ、初代大統領ジョージ・ワシントンのこと、 そして民主主義について語りました。板良敷は興味深そうに本を手に取り、 万次郎の話に聞き入ったと伝えられます。

そして1853年、ペリー提督が琉球に来航。 通事としての英語力と、万次郎から得た西洋の知識を活かし、 彼は交渉の最前線に立ちました。この外交力が、その後の琉球を守っていくことになります。

「デモクラシーは糸満、大度から始まった。」

Democracy began in Itoman, from Odo.

万次郎が日本に持ち帰ったのは、航海術や英語だけではありませんでした。 アメリカで見た民主主義の精神、自由の概念、人が人として扱われる社会の在り方。 福沢諭吉ら多くの教え子を通じて日本の近代化に貢献した万次郎ですが、 その影響は琉球にも確かに息づいていました。 板良敷朝展という一人の官僚のなかに、そして彼が守り発展させた琉球の外交のなかに。 ―― これは、沖縄だけが語れる万次郎の物語です。

Where to Visit

沖縄のゆかりの地 ― 万次郎が歩いた宿道 8か所

1851年、万次郎は大度海岸から那覇へ向かって宿道(しゅくどう)を歩きました。 その道筋は今もたどることができます。糸満市主催「ジョン万次郎ウォーキング」のコースを、 このサイトの発起人・和田ジョンたつおが発案しました。 糸満市の①〜⑥、豊見城市の⑦〜⑧の順に、南から北へ進みます。

ジョン万次郎が歩いた宿道をたどるウォーキングコース地図 ― 糸満市サシチン浜(大度海岸)から豊見城市の翁長高安家まで全8スポット
サシチン浜(大度海岸)→ 翁長高安家 ウォーキングコース全行程 Googleマップで開く →
START ① 糸満市

サシチン浜(大度海岸 / ジョン万ビーチ)

1851年、万次郎が帰国の途で最初に踏んだ「日本の地」。地元では「ジョン万ビーチ」と呼ばれ親しまれています。 2018年2月18日に「ジョン万次郎上陸之碑」と銅像が建立され、除幕式には市内外から約260人が集まりました。 銅像はカウボーイハットにベストとジーンズという帰国当時の姿で、右手は生まれ故郷・高知県土佐清水市の方向を指し、 左手にジョージ・ワシントンの伝記とボーディッチの航海術書を携えています。

上陸直後、万次郎たちはコーヒーと燻製の牛肉を鉄板で焼いて食べたという記録が残っています。 コーヒーが日本に初めて伝わった地かもしれない、と言われる場所です。

② 糸満市

摩文仁間切番所跡(現・米須ファミリーマート)

番所でふかし芋を食べたという記録が残る場所。現在はコンビニになっていますが、いつかこの地の名物になることを期待したいところです。

③ 糸満市

国吉のシーサー

宿道沿いに立つ守護獅子。万次郎もこの前を通って北へ向かいました。

④ 糸満市

照屋の石彫獅子

石で彫られた琉球のシーサー。宿道の景観を今に伝える貴重な文化財です。

⑤ 糸満市

報得橋(むくえばし)

「まるで虹が架かったようであり、また竜が誇っているようでもある」と当時の人々が讃えた名橋。 沖縄戦で破壊されましたが現在は復元され、琉球王府時代を偲ばせる建造物として郷土文化の体験学習の場になっています。

⑥ 糸満市

ビジュル(現・西崎病院)

万次郎が安全祈願を願った霊石。ビジュルとは霊石を神仏として祀る沖縄の信仰で、 語源はお釈迦様の弟子「賓頭盧(びんずる)」が沖縄方言になまったものです。

⑦ 豊見城市

翁長のシーサー

宿道を見守り続ける守護獅子。万次郎が那覇へ向かう道中に通った場所です。

GOAL ⑧ 豊見城市

翁長高安家(ジョン万次郎記念碑)

万次郎が半年間(1851年2月4日〜7月12日)を過ごした場所。 この滞在中に板良敷朝展(のちの牧志朝忠)との深い交流が生まれ、琉球の外交を変えた対話が始まりました。 沖縄における万次郎の物語の、もう一つの中心地です。

Guide & Lecture

現地案内・講演・紙芝居公演のご依頼

和田ジョンたつお ― ジョン万次郎研究家・語り部(沖縄県糸満市)

和田ジョンたつおは、2012年に「ジョン万次郎上陸之碑・銅像」建立期成会を立ち上げ、 約6年の活動を経て2018年の建立を実現した人物です。 万次郎に惚れ込み、自ら「ジョン」を名乗るようになりました。

NPO法人琉球万次郎会 役員、土佐幡多の会 沖縄支部長として、 関東幡多の会など県外からの訪問者に糸満市・豊見城市のゆかりの地を現地案内してきました。 日本語・英語バイリンガルの紙芝居も自ら制作し、子どもたちや来沖者に披露しています。

  • 現地案内 宿道のゆかりの地を、建立当事者の解説付きで歩く
  • 講演 万次郎と沖縄、牧志朝忠、民主主義の種について
  • 紙芝居公演 日英バイリンガル。子どもから外国人観光客まで
  • 取材・メディア出演 大河ドラマ関連の取材も承ります
FAQ

よくある質問

大河ドラマ「ジョン万」の放送はいつですか?

2028年1月からNHK総合で放送予定です(日曜20:00〜20:45)。大河ドラマ第67作にあたります。2026年4月9日にNHKが発表しました。

2027年の大河ドラマは「ジョン万」ではないのですか?

2027年の大河ドラマは第66作『逆賊の幕臣』で、主人公は小栗忠順です。「ジョン万」は2028年放送です。なお2027年1月は万次郎の生誕200年にあたるため、2つが混同されやすくなっています。

ジョン万次郎の生誕200年はいつですか?

2027年1月です。万次郎は1827年(文政10年)に土佐(現在の高知県土佐清水市)で生まれました。

ジョン万次郎が最初に上陸した日本の場所はどこですか?

沖縄県糸満市の大度海岸(サシチン浜)です。1851年、アメリカから帰国した万次郎が最初に踏んだ「日本の地」で、現在は「ジョン万ビーチ」とも呼ばれ、2018年2月18日に上陸之碑と銅像が建立されました。

ドラマのロケは沖縄で行われますか?

2026年8月現在、NHKからロケ地の発表はありません。クランクインは2027年初夏に予定されていると発表されています。発表があり次第、このページを更新します。

沖縄のゆかりの地はどこを回ればいいですか?

糸満市の大度海岸(上陸之碑・銅像)から、豊見城市の翁長高安家(万次郎が半年間滞在した場所)までの宿道沿い8か所です。このページの「沖縄のゆかりの地」でGoogleマップのコースも公開しています。和田ジョンたつおによる現地案内も承っています。

主演は誰ですか?

山﨑賢人が中濱万次郎を演じます。大河ドラマは初出演です。脚本は藤本有紀、制作統括は家冨未央です。

出典・参考

最終更新:2026年8月8日 / ドラマの新情報が発表され次第、このページを更新します。